今日の薬品市場の状況は言語道断、悲劇的でさえある。

政府は製薬業界が無用の薬を市場にあふれさせるがままに任せている。

彼らに言わせれば動物実験によって、それらの薬の有効性・安全性は十分にテスト済みだという。

しかし、これは詐欺である。しかも政府公認の詐欺である。

というのは、薬のメーカーも、それを認可する政府も、

動物実験などは元来まったく無意味なものであるということを百も承知しているからである。

それでありながら、新薬の発売に先だって、

一応動物実験さえ経ておけばその薬の副作用が隠蔽不可能という段階に至っても、

「必要なテストはすべてクリアした。法律には反していない」

と言いわけができるというのが本音なのである。

                                      ハンス・リューシュ 「世界医薬産業の犯罪」 より

 



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   本来の居住場所や環境を奪われ、

   実験室の中で見るものや自分の身に加えられる残虐行為におびえる

   動物の苦悩苦痛のために、彼らの精神的平衡状態や

   生命体としての反応が変化してしまうので、

   どんな結果が出ても、もともと無価値なのである。

   実験室の動物は怪物なのであって、

   それも実験者がそうしてしまうのだ。

   肉体的にも精神的にも、正常な動物とはほとんど無関係で、

   まして人間とはそれ以上に無関係である。

 

  

   事実、動物実験者が会話の中で好んで用いる逃げ口上は、

   「ではどちらが大切ですか、一頭のイヌですか、

   それともあなたの赤ちゃんですか?」 という言葉である。

   「イヌか赤ん坊か」という言い方は、

   もし動物実験者が動物を使うことができないとすれば、

   赤ん坊を使わねばならないだろう

   ―そして動物実験反対者は、

   彼らにそれをやってもらいたがっているのだ―

   という意味合いを伝えている。



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   しかし、現存するすべての証拠が示しているのは、

   実験という虫に食われている医学者たちは、

   動物および赤ん坊に対する実験両方を望んでいて、
 
   面倒が起こらなければ、

   赤ん坊のほうをむしろ望んでいるということである。


  

 



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実験所で開発され、広範囲の動物実験の結果安全であると想定されたが、

結局は人体に有害であることが判明した製品は長々と挙げられるのである。

 

“どんな動物実験が行われているのか”