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「医療の犯罪」 引用集 4

 

  「近代医学に私が初めて幻滅を感じたのは、ハーバード大三年生の夏

  大きな医療研究実験所で働いていたときのことである。

  医療研究の全体系が、かくも大規模な計画的虐殺によっていたと

  思うと、胸が悪くなった。」     リチャード・モスコウィッツ医学博士


  「私が医学生だったとき、生理学と薬学の実験室で動物実験を

  やりました。私たちも先生も共に無益だと分かっていたのですが、

  その儀式をどうしてもやらねばならなかったのです。」

                        ロバート・S・メンデルスゾン博士

 

    「動物実験は人間のために行われているという生体解剖支持者のばかげた嘘は、

    これが及ぼす影響を考えると、深刻な意味を持つ嘘である。その反対こそが事実なのである。

    動物実験は金銭、権力、称号を得る目的に、アリバイ的役割を果たすのみである。

    動物実験のうちで、一つとして人間一人の命を延命、向上させることに成功したものなどなく、

    ましてや命を救ったなどということはなかった。」

                                           ハイディ・エヴァース医学博士

 


   「外科医として四十一年の経験があるが、私の場合、

   動物実験は私の外科的知識や技術を向上させるために何の寄与もしなかった、

   ときっぱりと言うことができる。私は残酷な動物実験は許されるべきでないと考えている。

   残酷な面はまた精神的苦痛にも関係する。我々は、動物にも魂があることを知っている。」

                                            ジュリアス・ハッケタール博士


   「世界中で何百万という人々が飢餓に苦しんでいるとき、

   そして我々の経済状態がこのように困難なとき、

   議会は目的もない動物研究に、毎年何十億ドルという助成金を計上している。」

                バーバラ・シュルツ/
ニューヨーク州の動物の扱いに関する司法長官諮問委員会メンバー

 

  「我々の実験室では、隣棟に人間の患者がいるので、

  声が出ないようにした犬が必要である。

  我々は電気メスを使って3000匹以上の犬の声帯を切除した。」

                           ギュンター・クラウス博士


  「彼らは、動物を虐待し、そこから理論を推論して引き出して、

  大抵の場合、結果として全く誤りだと分かるのだが、

  生理学的効果をあげることができると思い込んでいるのだ。」

                      マリー・ルイーズ・グリボバル医師

 

    「ミシガン大学医学部学生のとき、捕まるまでは生き生きとしていた健康な犬を使って

    蘇生法と気管切開術をするよう指示された。当時動物に対し、かわいそうに思っていたが、

    医術習得に欠かせないものだと思っていた。学生だったので麻酔がどのくらいか適量が分からず、

    犬が弱々しくなっていたのを今でも思い出す。

    そのときの経験を通して、このような指示の必要は全くなかったことに気がついた。

    今日では、私が学校に通っていたときよりも、もっと必要性は減っている。

    マネキンと高度なコンピュータを使った小児病院の二日間の集中蘇生法講座を終了した。

    犬をモデルにするよりずっと現実的で教育的であった。

    器官切開は、処置に手慣れた医師が学生に教えるのが一番である。

    訓練期間中に、充分これを学習する機会がある。」

                                             ゲイリー・B・スペクター医学博士

                          


 「犬の実験所から動物の虐待を学びました。(中略) 無力な動物に、繰り返しばかな“実験”と“研究”を

 することに私が反対を唱えたのは、私が医学生の頃に発しています。

 その頃、我々の地球は、今のように人口過剰ではなく、動物の命も安価なものでした。

 一年生のとき、一学期に週二回“犬実験”生理学があり、生きた犬が二人の学生に一頭ずつ与えられました。

 そこで、私のクラスの一三五人の学生は、週に一三五頭の犬を虐殺したのです。

 週二回、3時間ずつ、百年もの間、いやというほど行ってきた初歩的生理学の実験を繰り返すよう

 あてがわれたのです。その血まみれ作業から新たに分かったことなど、何もありませんでした。

 この一年生のクラスだけで、多分、その学期に虐殺された犬は二五〇〇頭にもなるでしょう。(中略)

 “使用済”の動物は、実験室のごみ箱にただ放りこまれていたのです。これを研究ということはできません。

 一年生の“犬実験”クラスの時以来、私は生体解剖反対論者になりました。

 残念ながら今日の研究の多くは、論文をまとめるとか、必修科目の終了のため、また連邦政府の援助金獲得

 のための儀礼的繰り返しに過ぎないのです。動物実験の九十パーセントは、不潔な環境で、飢えと虐待に

 見舞われた動物(これらのことは一般には決して見せないようにしている)に対し、いいかげんで、

 鈍感なやり方で行われています。」

 

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